原発推進派の言い分 ― 2011/05/07 01:03:42

5月5日付けの朝日新聞に、
自民党の原発反対派と推進派のインタビュー記事が載っています。
反対派は、河野太郎衆院議員。推進派は、東京電力顧問で元、参院議員の加納時男氏。
特に加納氏のインタビュー記事を読んで頂きたい。
原発推進派の言い分が如何にいい加減で常識外れのものか、の典型です。
曰く、
(1)地元が率先して原発立地を求めたかのような物言い。
(2)河野氏に対して、「反原発派の集会に出ている人の意見。社民党に推薦しますよ」と、批判の声に対して真摯に考えようとの姿勢が、この期に及んでさえ、全く見られません。
(3)(賠償金で)東電を潰すと、株主の資産が減ってしまう、と。
株主にはリターンに見合ったリスク、責任があって当然です。好調な時に利益だけ手に入れて、問題が起こった時には責任は取りたくない、というのは言語道断。それこそ自己責任と言うべきです。
(4)「低線量の放射線は『むしろ健康にいい』」と。
ラジウム温泉とかそういうことを言っているのか分かりませんが、原発事故による放射能汚染とは全く次元を異にする問題です。
『健康にいい』から、放射性ヨウ素やセシウム137やプルトニウムに汚染された空気を吸い、食物を食べても大丈夫だと?
そう思うなら、ご自分の孫や子供にしっかり食べさせてあげては如何か?
こんな人たちが原発を推し進めてきたのかと思うと、ゾッとします。
ここに掲載のデータでは小さくて読めないでしょうから、図書館などで是非、読んでみて下さい。
自民党の原発反対派と推進派のインタビュー記事が載っています。
反対派は、河野太郎衆院議員。推進派は、東京電力顧問で元、参院議員の加納時男氏。
特に加納氏のインタビュー記事を読んで頂きたい。
原発推進派の言い分が如何にいい加減で常識外れのものか、の典型です。
曰く、
(1)地元が率先して原発立地を求めたかのような物言い。
(2)河野氏に対して、「反原発派の集会に出ている人の意見。社民党に推薦しますよ」と、批判の声に対して真摯に考えようとの姿勢が、この期に及んでさえ、全く見られません。
(3)(賠償金で)東電を潰すと、株主の資産が減ってしまう、と。
株主にはリターンに見合ったリスク、責任があって当然です。好調な時に利益だけ手に入れて、問題が起こった時には責任は取りたくない、というのは言語道断。それこそ自己責任と言うべきです。
(4)「低線量の放射線は『むしろ健康にいい』」と。
ラジウム温泉とかそういうことを言っているのか分かりませんが、原発事故による放射能汚染とは全く次元を異にする問題です。
『健康にいい』から、放射性ヨウ素やセシウム137やプルトニウムに汚染された空気を吸い、食物を食べても大丈夫だと?
そう思うなら、ご自分の孫や子供にしっかり食べさせてあげては如何か?
こんな人たちが原発を推し進めてきたのかと思うと、ゾッとします。
ここに掲載のデータでは小さくて読めないでしょうから、図書館などで是非、読んでみて下さい。
橋下知事、大丈夫ですか? ― 2011/05/20 01:06:36
橋下大阪府知事「君が代斉唱時の不起立者は実名公表」
(朝日新聞記事より)
君が代斉唱に際して起立を拒否するのは、信念を以てやることてしょうから、そのことで名前を公表されること自体に躊躇する人は恐らくいないのではないでしょうか?
それよりも問題なのは、実名を公表するという、橋下知事の考え方の方です。
「君が代を拒否する人の名前は保護者も知りたいだろう」「府民の総意の下に実名公表の基準を考える」という言葉の裏には、意に沿わない少数者は見せしめにして潰してしまえばいい、という意が感じられます。
そういう考え方、やり方は、民主主義に沿わないものであることは勿論ですが、それより先に、社会の在り方として宜しくないのではないでしょうか?
また、殊、君が代とか国旗、国歌、天皇制の事柄に関しては、この国には、感情的になる輩が多いのも事実です。
起立しないことを選択した人も、実名公表自体には何も思わなくとも、そういうことを考えた時には躊躇を感じる人は多い筈です。
まさか橋下知事も、そこまで考えて、脅しの意味も含めて実名公表を言い出した訳ではないでしょう。
或いはもし、この実名公表に依って、その当事者が自称「愛国者」から実害を被ったとき、橋下知事は、自らには何の責もない、と考えるのでしょうか?
自分たちの国や社会を大切に思う事と、君が代を起立して斉唱することとは、何ら関係がありません。
そういう形で思いを表したい人はそうすればいい。
ただ、その思いの表し方や考え方は人それぞれ。自分がこうだから皆、こうであるべき、というのは傲慢以外の何ものでもありません。
(朝日新聞記事より)
君が代斉唱に際して起立を拒否するのは、信念を以てやることてしょうから、そのことで名前を公表されること自体に躊躇する人は恐らくいないのではないでしょうか?
それよりも問題なのは、実名を公表するという、橋下知事の考え方の方です。
「君が代を拒否する人の名前は保護者も知りたいだろう」「府民の総意の下に実名公表の基準を考える」という言葉の裏には、意に沿わない少数者は見せしめにして潰してしまえばいい、という意が感じられます。
そういう考え方、やり方は、民主主義に沿わないものであることは勿論ですが、それより先に、社会の在り方として宜しくないのではないでしょうか?
また、殊、君が代とか国旗、国歌、天皇制の事柄に関しては、この国には、感情的になる輩が多いのも事実です。
起立しないことを選択した人も、実名公表自体には何も思わなくとも、そういうことを考えた時には躊躇を感じる人は多い筈です。
まさか橋下知事も、そこまで考えて、脅しの意味も含めて実名公表を言い出した訳ではないでしょう。
或いはもし、この実名公表に依って、その当事者が自称「愛国者」から実害を被ったとき、橋下知事は、自らには何の責もない、と考えるのでしょうか?
自分たちの国や社会を大切に思う事と、君が代を起立して斉唱することとは、何ら関係がありません。
そういう形で思いを表したい人はそうすればいい。
ただ、その思いの表し方や考え方は人それぞれ。自分がこうだから皆、こうであるべき、というのは傲慢以外の何ものでもありません。
最近のコメント