『ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜』2009/10/01 02:14:26

2009年9月29日(火)/テアトルサンク
★★★★★(★5つで満点)
製作:2009年度
監督:根岸吉太郎
脚本:田中陽造
出演:松たか子/浅野忠信/室井滋/伊武雅刀/広末涼子/妻夫木聡/堤真一
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まず冒頭から驚いた。
暗い画面。小さな音が流れるがそれが却って静寂を強調し、これから作品世界へ入って行くのだ、ということを伝えてくる。思わず組んでいた足を直し、姿勢を整えた。

映画は、大谷という、太宰をモデルとした男を描くが、これがもう、ダメダメ男である。妻との間に子供もいるのに、カネは家に入れず愛人を作り、何かあれば死にたい、生きているのが辛い、と口にする。
その妻、佐知はそんな夫のことを愚痴ることも罵ることもせず、従っている。一見、勝手気ままな夫に黙って付き従うことを是とする無私な女性のように見える。

だが、それが違う。
佐知は大谷にただ従っているのではなく、自分の気持ちとして大谷という男を愛し、接している。
だから、大谷が起こしたとんでもない振る舞いにも、笑ってしまう。
そんな女性だから、大谷を訴えようとしていた夫婦も、佐知をただ可哀想と思うだけにとどまらず、佐知の申し出を受け容れることになってしまう。

この映画の主人公は、佐知だ。
大谷というどうしようもない男を愛する、佐知という女性を描いた映画だ。
彼女を巡り、大谷のファンの若い旋盤工・岡田、彼女の初恋の相手で今は弁護士となった辻が現れ、佐知と大谷とのドラマが進展してゆく。

大谷が愛人と心中事件を起こしたことで、それまで、岡田、辻、そして大谷という3人の男を媒介にして描かれていた、佐知の大谷への気持ちが一気に膨らみ、顕になってゆく。
だが、そこで、何も佐知を演じる松たか子の演技が激しくなる訳でも、演出がエキセントリックになる訳でもない。

例えば、留置場に囚われた大谷を佐知が訪ね、話すシーン。
淡々と想いを口にする佐知。だが、このシーンで佐知の想いがより深く、より饒舌に伝わってくるのは、佐知が話している時ではなく、その言葉が途切れ、沈黙が支配する時なのだ。
一体、想いを伝えるセリフではなく、そのセリフの合間の沈黙に想いが溢れるシーンが、スクリーンでの上で、どれだけあるか。

最初は、大谷に向かった佐知のバックから。大谷が俯き加減でボソボソと勝手なことを言い、我々からは表情の見えぬまま、佐知が想いを話す。
その佐知のセリフが途切れ、次のセリフが始まるまでの間ーー。
カメラが切り替わり、俯いた大谷のバックの肩越しに、大谷に(スクリーンに)向かった佐知が、二人を遮る金網越しにこちらに向いている。
淡々と想いを言葉にし、涙がツー、と流れる。
セリフよりも沈黙が、饒舌なことを示してくれる一瞬、だった。
(だが、欲を言えば、ここで、カメラは寄らないで欲しかった。我慢して、そこでそのまま、佐知を映していて欲しかった)

或いは、大谷を救ってくれた辻の事務所を佐知が訪ねるシーン。
本当に核心のことは顕にしない。口紅という小道具一つで、松たか子という女優を使い、佐知という女のもう一面がここには表される。

或いは、その後、椿屋に戻った佐知が、帰ってきていた大谷と再会するシーン。
二人の会話するシーンはいつの間にか回りの世界を遮断し、ふと、緊張が解けた一瞬に、回りの雑踏が入り光が戻り、その時にやっと、そのシーンの濃密さに気付かされる。

或いは、・・・いや、後は、止める。後は、実際にスクリーンで感じて頂きたい。
『雪に願うこと』、『サイドカーに犬』と近年、傑作を連打している根岸吉太郎監督が、田中陽造の脚本を元に、俳優を、セットを、小道具を、そして後から気付けば舞台劇のような演出技法をも駆使して、佐知という女を描き出した見事さを。

大谷と佐知の家、椿屋、戦後間も無い闇市マーケット、どのシーンのセットも見事だ。
蒸気機関車と電車(都電?)が走ってくるのを真っ正面から撮ったカットも、その列車の古びた重厚さがしっかりと感じ取れて感動した。

テーマとしては、業田良家の『自虐の詩』に通ずるところがあるようにも思う。とは言え、映画の『自虐の詩』は決して原作のテーマをよく伝えているとは言えないので、飽くまで原作の方である。
映画の最初の方で大谷が佐知に言う。「女には幸福も不幸もないのですよ」
ラスト・シーンで佐知が大谷に言うセリフは、大谷のその言葉に呼応しているのだろう。

今こうして、観たカット一つ一つを思い出すだけでも新たに感動する。
大谷を演じる浅野忠信は見事で、愛人役の広末涼子も硬質な感じが嵌っていてなかなかいい。だが、それよりも何よりも、佐知を演じる松たか子が見事だ。
そして、これだけ出ている役者全てを見事に見せているのは、彼(女)らの力を引き出している監督の技なのだろう。
モントリオール世界映画祭最優秀監督賞受賞の所以と思う。
是非、観て頂きたい。
福井では10月10日から、テアトルサンクで上映される。

今年のベストは『サマー・ウォーズ』か『愛のむきだし』かと思っていたが、分からなくなってきた。
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