「ミスター・ノーバディ」2011/06/29 02:53:11

「トト・ザ・ヒーロー」で鮮烈デビューを飾った鬼才ジャコ・ヴァン・ドルマル監督の最新作だ。
私は2作目の「八日目」は観ていないが、「トト・ザ・ヒーロー」は、ストーリーなどは覚えていないが、滅法面白かったことと、時制を流麗に、と言っていいほどの手際の良さで駆使し、それが面白さの大きな要因になっていたことは覚えている。

今回の「ミスター・ノーバディ」も過去、未来と時制の往き来も縦横無尽で、それがやはり面白さの大きな要因であることは同じだが、今作でちょっと趣が異なるのは、時制を往き来している、というより、パラレルワールドが複数あって、その間を往き来している、という感じがすることだ。
特に、冒頭の辺りで、まだ少年だった主人公が、自分に好意を寄せている3人の少女たちのうち誰を選んでいいか分からず、というより、そのうちの一人に決めてしまうのを怖く感じ、敢えて選択を回避することで、3人それぞれと一緒になった場合のパラレルワールドを経験する、という件がそれを感じさせ、鳥肌が立った。

量子力学上で、光子の観察についての有名な実験がある。左右二股に別れる線上に光子を一つづつ発射してゆくと、不思議なことに左右に別れた先のどちらにも、光子がぶつかった徴が残る。しかし、発射する1個づつの軌跡を把握しようとすると左右どちらかにしか光子は飛んでいかない、というものだ。
あたかも全体を見ていると一つの光子が同時に複数の場所にあるかのように見えるのに、1個1個を観察しようとすると、そのような事象は消えてしまうのだ。

この主人公の少年も、具体的に1人の少女を選んでしまうとそこにしか自分はいなくなってしまうが、選択をする前の時点に留まることで、3人それぞれを選んだ世界を、パラレルワールドのように体験することになる。
これは過去、未来を往き来する時制の話のように見えて、実はパラレルワールドのような話になっている。

最近、タイムスリップを扱っていて実はそれがパラレルワールドの話だった、という映画やドラマを他にも見た。
一つは小中和哉監督、伊藤和典脚本による「七瀬ふたたび」だ。これには佐藤江梨子扮するタイムトラベル能力を持つ超能力者が出てくる。彼女はこう言う。私は最初はタイムスリップをしていると思っていたが、実は別の世界へ移動しているだけではないか、と。ある時点から逃げるために、(その事件が起きる前の過去へ)タイムスリップしても、それは別の世界のその時点に移動しているだけで、元の時点(世界)では何も「未来」は変わることなく、他の人々はやはり苦しんでいる。タイムスリップというのは単に自分だけが別の世界に逃げ回っているだけなのじゃないか、と。
だから私はもう逃げたくない。タイムスリップはしない、といい、この彼女の気持ちがこの映画での大きなドラマになっている。この後、更にもう一度、考え方が展開してそれがまたドラマになるという、タイムスリップ自体をドラマの中核に据えている、と言う点で、この映画は希有な作品になっているのだが、それはさておく。

もう一つは最近、話題になったTVドラマ「JIN 仁」だ。これは現代の医者が幕末にタイムスリップしてしまう、という話なのだが、種明かしがされる最終回に至って、これは単純なタイムスリップではなく、並行する幾つものパラレルワールドの間で違う時代に移動しているのだ、という解釈が出てくる。つまり、医者が幕末時代にタイムスリップした、と思っていた世界は、医者がいた世界とは別の、パラレルワールドでの幕末だった、ということだ。

このように「七瀬ふたたび」でも「JIN 仁」でも、タイムスリップはパラレルワールドへの移動、という観点で語られており、本作も、明確にはパラレルワールドという点を出してはいないが、そういう作り方になっている。
そして興味深いのは、このどれもが、パラレルワールドは複数(無数に)ある、ということを前提にしていることだ。
私が小学生の頃によく少年雑誌などで掲載されていたパラレルワールドというのは、私達がいる世界とそっくりな世界がもう一つある、と言う風に、パラレルワールドとこの世界とは双生児のような感覚で語られていた。

近年、発展した宇宙論はビッグバンのありようを考察する段階に至り、ここで宇宙論と、物体の成り立ちを追求してきた量子力学とが交わることになった。
そこで語られている宇宙論というのは我々のイメージを遥か彼方まで越えるものだ。
何と、宇宙は私達のいる宇宙だけでなく次々と生成されており、それらの一つ一つの宇宙自体が更に、素粒子が分解する毎に次々と枝分かれしている、つまりパラレルワールドを作り出している、というのだ。
我々のいる宇宙でも勿論、今この時点でさえも次々に無数のパラレルワールドが出来ている訳である。

近年の映画やドラマ(「JIN 仁」はマンガが原作だが)にはそういう、宇宙論や量子力学の最新の成果も影響している、と考えながら見ると、より一層、面白みも増すように思う。

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_ 映画とライトノベルな日常自販機 - 2011/12/12 09:22:21

“常に選択に迫られる人生を美しい映像とSFチックな甘くせつないラブストーリーで描きます” 今年の春先のこの映画のことを知って、何かピンと来るものを感じていました。新潟での上映は決定していないというのに前売り券を買ってずっと持っていました。 そして、ついに新潟で本日(12/10)公開となりました。 人間の人生で分岐点はいくつもあります。その中で選択できるのは1つだけです。でも、時にはその別の選択をしたらどうなっただろうか考えてみたり、選択したことを後悔しながら人生を積み重ねていきます。 そして、時間を...
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